横断側溝の設置間隔

山の中の公園の設計をしています。遠路に横断側溝を設けるのですが、どれくらいの距離ごとに設ければ良いのでしょうか?また、どの資料・指針等に掲載されているのでしょうか?教えていただけると幸いです。
山の中の公園の設計をしています。遠路に横断側溝を設けるのですが、どれくらいの距離ごとに設ければ良いのでしょうか?また、どの資料・指針等に掲載されているのでしょうか?教えていただけると幸いです。
鉄筋組立ての際に使用する結束線材料は、なまし結束線が大半でした。最近ではステンレス結束線が見受けられます。確かになまし結束線より錆びませんが、コンクリート硬化後、鉄筋とステンレスの関係で錆びる原因にはならないでしょうか。
お世話になっております。コンクリートライブラリー100「コンクリートのポンプ施工指針」(平成12年版)に記載のコンクリートポンプによる施工実績の詳細情報についてあればご提供いただきたくご連絡しました。P213に記載の施工実績のうち「八王子高槻砂防工事」の具体的なコンクリート配合等について資料ございましたらよろしくお願いいたします。
林道の舗装厚の算定をしたいのですが、林道技術基準・指針の解説P310の算定式
H=58.5P0-4/CBR0-6
ここにH=舗装厚(cm)
P=設計輪荷重(t)=1.4
CBR=路床土の設計CBR
のPの後数字0-4とCBRの後数字0-6が何の事なのか理解出来ず困っています。
判る方がおられればアドバイス頂きたいです。
宜しくお願い致します。
路肩の幅員について質問させていただきます。
道路規格:第3種第3級の歩道付き普通道路の場合、路肩の幅員は「道路構造令」より第3種第2級〜第4級まで、通常0.75m、特例0.5mとあります。
そこでの特例値を使用できる理由の一つとして「その他の特別の理由によりやむを得ない箇所」とありますが、この「特別の理由」とはどのような事が考えられるのでしょうか。
御教授のほど宜しくお願い致します。
現在表題にある補強土壁工を開発しております。
籠枠と一体成型の補強材を有した補強土壁工で,盛土中の侵入水の排出や豪雨時の間隙水の上昇を抑制等,主として災害対策用として考えております。
現段階では机上での検証を概ね終えた所です。
そこでここを利用されている皆様に,これからの試験施工や技術的な問題点等に関するご意見を頂ければと考えております。
宜しくお願い致します。
民間工事でマンション造成工事を行うものですが、近隣住民の強い反対を強いられています。
残土運搬車(10DT)など100台/日程度考えていますが、道路沿道住民には、特定建設作業の基準を遵守すると応えているが具体的な騒音・振動の数値を表示しなければならないのか?また、そもそも特定建設作業の基準でいいのか?
どなたか経験された方等、参考を教えていただきたいと思います。
四川大地震は現時点で死者約7万人に達する大惨事となった。この中には授業中に校舎が崩壊し、その下敷きとなり亡くなった多くの生徒も含まれる。誠に痛ましき限りである。亡くなった方々のご冥福を衷心より祈るとともに、艱難辛苦を乗り越えて一日も早い地域の復興を実現することを期待したい。
非常に脆く崩れた校舎を含む建物の崩壊に関し、「手抜工事」という非難がマスコミの報道の中で頻繁に聞かれる。崩壊した建物の一部をテレビ等で視て思い出させられる光景がある。それは約40年ほど前に住んでいた台湾での住宅の建設風景である。まさにレンガ積みで、柱や梁には今回見られたように、あまり鉄筋が入っておらず、親類縁者が寄り集まってレンガを積み上げていく光景がいたるところで見られた。
阪神淡路大震災(1995年)の跡を直後につぶさに見る機会があったが、崩壊した建物とそれ程被害を受けなかった建物が存在した。この理由は概略ではあるが、耐震設計基準が改定になった1981年(昭和56年)以前に設計され、施工されたものと以後の改定基準に従って設計され、施工されたものによる差といわれている。現在わが国では、基準を満たさない建築物に対する耐震補強対策が叫ばれているが、報道によると、学校も含み、約40%が未だ補強されないままになっているとのことである。
当然の事ながら、今回の四川大地震に耐えうる建物を設計し、建設しようとすれば、今回崩壊した建物のコストを遥かに超えるコストが必要とされる。即ち、コストと安全性のトレードオフの関係が当然あり、どこかで妥協せざるを得ない問題が介在している。当然のことながら、大破はするが、今回のようには潰れない設計・施工も選択の一つになり得る。
少し極論するなら、四川省での原子力発電所の建設は、今回の四川大地震にも耐えうるように設計され施工されなければならないが、一般住宅を同基準で設計することはいかなる先進国でもあり得ない。コストと安全をどの程度のトレードオフとして定めるかの問題が確実に存在し、このため設計においては多くの要因が含まざるを得ない。40年前の台湾は今に比べれば非常に貧しかった。基準に従った建物の設計・建設といった状況にはなかった。まさに建て放題といった社会状況があった。多分今回の四川省の被害地も似たような社会状況があったのではないか、と推測される。
また設計基準があれば、話は分かりやすい。基準に従って設計・施工がなされていなければ違法建築物であり、弁解のしようがなく、責任の所在は明らかになる。四川省に適用されるこのような基準が存在したのか否かは調査が不十分で分からない。しかしあったとしても、例えば、現在の東京に未だ見られるごとく、新しい設計基準が施行される前に設計され施工された多くの家屋・建造物があり、耐震補強がなされないままでかなりの数で放置されている状況があり、四川省の場合も類似かそれ以上の脆弱な状態だったのではないかと推測される。
言いにくい話ではあるが、まさに「命と安全のトレードオフ」に近い現実と実態を冷静に受け止めなければならない状況が日本においてさえ実在する、ということである。いわんや途上過程にあり、さらに内陸部でそれほど経済的に恵まれた状況に未だ至っていない今回のような地域では、地質構造からくる大小の差はあるが、惨事は神任せといった現実が存在する。今回のようなケースはまさに明日はわが身に降りかかる他山の石として受け止めなければならない惨事ではあった。
マスコミは「手抜き」というが、手抜きとは、まともな設計図と仕様書があり、その通り施工されない場合をいうのであり、今回の場合は適切な言葉ではないと思われる。その理由は、四川省の被害を受けた建造物の大部分は、設計図なしで昔ながらの慣例に従って建築許可制度などなしで建てられたものが多いのではないか、と約40年前の台湾の事情より推測するからである。政治の決断とそれを可能にする関連制度の充実、技術力および経済力の充実が必須条件であることへの認識を明確にしなければならない問題であろう。
大惨事が発生した状況の中で、誰かに不幸の原因を持っていきたくなる気持ちは理解できるが、日本に住む我々も原子力発電所に課されるような耐震基準で保護されているわけではなく、コストと安全のトレードオフを甘受して生きざるを得ない状況に置かれていることを十分認識した上で、日常がセットされていることの技術的側面も理解する必要があると考える。ただ責めるだけでなく、不完全さを受け止め、少しでも改善する社会的な意思を持って、建設的な安全確保を主張し続ける必要があると考えるものである。
以上