独立行政法人 土木研究所 坂本 忠彦
1.プレキャストコンクリートによる堤体表面型枠工法
大保ダムにおける沢処理工はCSG工法で施工され、その堤体表面はプレキャストコンクリート型枠で施工されていることを前回紹介した。今回はこれについて詳細に説明したい。実は、誰にでも考えつきそうなことではあるが、プレキャストコンクリート部材を堤体表面の型枠として利用して、その背後に堤体コンクリートを打設して両者を一体化し、プレキャストコンクリート部材も堤体の一部として使用することは、「ダムにおいて」及び「大規模に」という枕言葉をかぶせれば、かなり珍しいことなのである。先例としては宮ヶ瀬ダムの副ダム(堤高34.5m)において下流面に景観向上を兼ねて特殊な形状をしたプレキャストコンクリート型枠を使用したものがある。しかしさらに「汎用化」という枕言葉をかぶせれば私の知る限りにおいて本邦初演なのである。この工法は内閣府沖縄総合事務局ほかが開発したもので現在特許申請中と聞く。
2.プレキャストコンクリート型枠の形状等
プレキャストコンクリート型枠はL字型でダム軸方向に長さが3m、高さ1m、幅0.55m、重量は1.56tで施工中のダム堤体上からクレーン、バックホー(移動式クレーン仕様)等で容易につり込み、据付けが可能である。もっともこの形状は今回の沢処理工に関して決定されたもので、ダム毎にL字型の傾斜角度も含めて変更できる。据付けは、ダム軸方向、上下流方向、標高の三方向に正確かつ容易に行われるよう、各種の工夫が行われている。L字型型枠の背後に保護・遮水コンクリートを打設し、その背後(下流側)にCSGを打設している。
このサイトでは、図や写真が表示できないのが残念であるが、沢処理工に関しては沖縄総合事務局北部ダム事務所のホームページを参考にされたい。
3.プレキャストコンクリート型枠を採用する利点
(1)施工の安全性向上
従来、コンクリートダム堤体の表面部分は、木製又は鉄製の型枠を設置し、そこに堤体コンクリート(耐久性、遮水性に優れた外部コンクリート)を打設していた。このため、型枠の設置、取り外しに多大の手間がかかるとともに、堤体の外部における作業も必要となり危険な要素を含んでいた。プレキャストコンクリート型枠では、そのようなことが無く施工の安全性が大幅に向上する。
(2)施工が容易、施工時間の短縮
あらかじめ製作しておいたプレキャスト型枠を設置するため型枠設置時間を大幅に短縮できる。これはRCD工法CSG工法など同一標高レベルに短時間に大量のコンクリートやCSGを打設する工法の場合、著しく有利になる。
(3)型枠経費の節減
プレキャストコンクリート型枠は専門の工場で製作されダム現場に搬入される。プレキャストコンクリート型枠を製作するための鋼製型枠は、繰り返し使用(100回以上)出来るので、他ダムへの転用が可能である。実は他ダムに鋼製型枠を転用することが重要で、このことにより型枠経費が大幅に削減されると見込まれる。ケーブルクレーン、クラッシャーなどで官貸与というシステムがあるが同じ発想により経費を削減するのである。
(4)コンクリート表面の品質確保
プレキャストコンクリート型枠は専門の工場で製作されるのでその品質の信頼性が高い。
(5)ダム建設コストの節減
以上のことより、ダム建設コストが節減されることが期待される。
4.プレキャストコンクリート型枠導入の経緯
このように良いことづくめの工法(多少の反論はあろうが)が何故、今まで導入されなかったのであろうか。過去に、ダムの堤体表面処理に手間がかかるため、従来の標準的な型枠工法に加え、次のような試みもなされたことがある。
(1)余裕幅工法
RCC工法による下流側斜面においては、特に米国において、数mの余裕幅を持って型枠なしでコンクリートを打設した。
(2)スリップフォーム工法
大型の走行車によりスランプの小さいコンクリートを高さ数10cmの壁状に自立するよう締め固め、型枠とする。
(3)特殊形状なプレキャストコンクリート型枠
宮ヶ瀬ダムの副ダムに見られたような例である。また外国では、プレキャスト型枠同志が固く連結されるよう工夫した例もある。
(4)ダム用自動式型枠
建設省の建設技術評価規定に基づき、昭和63年に10グループに対してダム用自動式型枠が認定されている。これは、内装された上昇装置により型枠自ら上昇できるとともに、油圧ジャッキにより型枠自ら脱型動作を行えるものであり、その操作は装置外より操作盤にて行うことができるものである。しかし、この装置は大型すぎて経費が高いことと、他ダムへの転用について明確な保証が無いので、ほとんど実用化されていない。
今回プレキャストコンクリート型枠が実用化できたのには、次のような理由があろう。
(1)プレキャストコンクリート型枠による通廊施工の経験
プレキャストコンクリートによる通廊の実施経験によりプレキャストコンクリート型枠への信頼感が向上した。
(2)プレキャストコンクリート型枠を長さ3m、L字型形状とすることにより小形化した。特にL字型にして、水平部を埋め殺すことで、据付けコンクリート打設時の安定感が向上した。
(3)堤体がCSGで築造されるため、特に大きな強度を必要としない。このためプレキャストコンクリート型枠とコンクリートおよびコンクリートとCSGの間の付着強度は特に問題となることは無い。付着強度については今後、ボーリング資料により検証することとしている。
この沢処理工における施工状況を検討したうえでの判定であるが、今後の台形CSGダムの表面型枠はプレキャストコンクリート型枠によることとなろう。いわばここではプロトタイプの試験を行っているのである。台形CSGダムでの経験が深まればさらに通常の重力式コンクリートダムへの適用も可能となろう。ダム建設コスト縮減の一手段として、この工法の今後の発展を期待しているところである。
この工法の導入にあたっては、プレキャストコンクリート型枠による通廊施工の経験が大いに役立っている。
国土交通省北陸地方建設局が建設した宇奈月ダムで採用されプレキャストコンクリート型枠による通廊施工法(北陸地方建設局、ほかの特許工法)は、その鋼製型枠の転用を通じて、平成12年以降、16ダムで採用されることとなり、標準工法化しつつあり、建設コスト縮減と安全施工に大いに貢献してる。
また、エレベーターシャフト、機械室等にプレキャストコンクリート部材を使用する工法も普及しつつある。これらの工法の紹介は省略するがCSG工法とプレキャストコンクリートによる堤体表面型枠工法の2つの工法の紹介によりダム建設において各種の技術開発が着実に実施されていることを紹介した次第である。
大保ダムを見学して(第2回)―CSG工法の紹介― (2004年3月30日付第2回記事)
大保ダムを見学して―沖縄の渇水と技術開発の紹介― (2004年3月22日付第1回記事)