公共事業の契約を価格だけで決めて良いのか

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7月17日のサンデープロジェクトをご覧になったでしょうか。公共事業の談合は必要悪か、絶対悪か、という議論でした。絶対悪という立場の方は、談合があることによって公共事業の価格がつり上げられ、国民の税金が無駄遣いされている。またこのシステムを維持するために天下りという慣行があると主張されました。一方、これに反論する脇参議院議員をはじめとする立場の方は、公共事業の調達には独占禁止法はなじまない。あるいは会計法の価格がもっとも安い者と自動的に契約する方法はなじまない、と主張しました。付け加えて、今年の4月からは公共事業の品質確保に関する法律が成立し、従来の価格競争一辺倒から、品質による競争が加わったという意味で、全く新しい制度になったと強調されました。両者の意見はなかなかかみ合わなかったのですが、かみ合わない、というところに今の日本の不幸を見る気がしました。両者とも、主張の限りにおいては正しいことを言っているのに、議論が前向きに進みません。世のマスコミが、落札率という価格にのみ着目して、国民の血税が無駄遣いされたという論調に終始し、多くの人々がこの価値軸でのみ判断してしまっているのは、最終ユーザーである国民の判断をきわめて限定した範囲に押し込んでしまっているように思います。国民が真に求めているのは、品質の良い公共事業を安く、であるはずです。こんな当たり前のことがわきに置かれた議論がいつまでも続くのは、土木技術者にとっても不幸なことです。技術者ももっと言いたいことを言いましょう!

コメント

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この場を借りまして一言。

 マスコミは落札率について大変騒ぎ立てて書かれますが、業界では落札率が高いのは当たり前で、落札率が極端に低いと逆に違和感を感じます。

 というのも、電算技術が発達した現在、発注者・請負者共に、積算をする場合は”積算システム”を使用しているので金額に大きな差が出ること自体がおかしいのです。積算システムを構成している工法ごとの歩掛等については各省庁等で決定して積算基準として公表していますし、その他の労務単価、材料単価、機械器具損料等、必要なものはほとんど同じく公表して、市販の積算システムにもがっちりと組み込まれています。積算システムごとに見た目は違えど、中身はほぼ同じですので、結果もほぼ同じ金額になるのは当たり前です。若干、端数等は変わってきますが。

 但し、通常は予定価格等に端数は付きません。そこで”金額を丸める”という処理が最後に行われます。むろん入札参加業者も札入れの金額は丸めてきます。そこで落札金額と予定価格が同じという、いわゆる落札率100%が発生します。

 この様な発注者側と請負者側ではじきだした金額に差が無い中で、請負者側が落札する為には、あらゆる企業努力で賄うしか無いのです。そして、技術が発達した今日、出来る努力はたかが知れていますので、大規模な工事であればあるほど落札率は上がって当たり前です。

 この手の事実は土木技術者のほとんどは分かっていることで、マスコミに伝わっていないのは何故なんだろうかと数年前から非常に不思議に感じています。が、もしかしたら勘違い等あるかもしれませんので、ご意見等ありましたら、ご指摘のほど宜しく。

以上。

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発注額の積算は数量さえ判れば、業界関係者なら予測は可能です。例えば、厚生省や国交省等が特定できればの単価はかなりの関係者が知っているので100%に近い積算はできます。
 問題は市場原理が働くか否かではないでしょうか。ルールのない市場原理は問題があるのは百も承知ですが、ルール作りをする姿勢がなくてきれいごとを並べても国民の理解は得られないのではないでしょうか。
 
 落札率100%は可能なのは当り前のことですですが、市場原理が働けば不可能と思います。一般社会の低価格競争は品質を落とさずに競争していると思います。

 すると、企業努力で収益を保ちながら90%で落札できる業者が存在できても不思議ではないと思うのだが。このような企業が出現しない業界に、マスコミが不信を抱くのは当然ではないでしょうか。

 橋梁談合が企業努力を放棄した結果と見らても、文句を言える業界体質とは思えませんが。見る角度で様々な視点があるは当然だが、説得力を持つのは胸を張って主張できる仕事することではないでしょうか。

 極端な言い方をすれば、談合が社会貢献できるのであれば問題ないので、談合に利点があれば、「どうして談合が悪いのか」を論議すれば済むことではないでしょうか(状況を考えればできないでしょうが)。

 過激な言い方をして申し訳ないが、業界の混乱を望んでもないし、健全な発展を切望している。

 言いたいのは土木学会は技術の進歩が目的と考える。本来の目的を追求する姿勢があれば、マスコミの言動に惑わされることもないのでは?

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入札価格の議論を見ていると、発注者側の積算業務の結果が公共事業費の唯一の価格であるとする人が多いが、これは入札者のコストをベースにした入札価格とは異なる。

すなわち予定価格は発注者の積算した価格であり予算であって、入札者にとっては参考価格に過ぎない。入札者が自らの技術・技術者と施工能力、設備能力、調達能力などのコスト競争力をもとに入札条件(品質要求、品質確保を含む)に基づいて独自に見積れば、入札価格は入札者によってすべて異なる。

公共事業の国際入札を経験した企業は自明のことであるが、発注者の積算価格は参考価格で目標値の一つである。しかし実際の入札価格は入札者が市場競争で勝つためベストを尽くした最低価格であり、発注者の積算価格を大幅に下回る場合もあれば大幅に上回る場合もあり、落札率が100%に近いということはない。

従って落札率が予定価格マイナスアルファで接近した価格ならば、ほとんどすべての公共事業が談合の結果と言って良い。

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積算基準に記載の歩掛等については、毎年、施工歩掛実態調査を行った上で、基準の改訂を行っているため、時勢に追随した形の、極めて標準的な価格になっていると認識しています。よって、(#1140)氏のコメントにあります様に、

>従って落札率が予定価格マイナスアルファで接近した価格ならば、ほとんどすべての公共事業が談合の結果と言って良い。

という認識をしている入札者がいる限り、これまで以上に、基準歩掛の変動を大きくし、予定価格を大幅に引き下げても良いとお考えでしょうか?その様なことばかりを繰り返していたら、儲けが無くなり、絶対つぶれちゃいますよ?

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#1140より#1144へ一言。

公共事業の予定価格算出が積算基準に基づかなければならず、世の中の唯一の価格であるという考えは発注者側の考え方です。入札者が公共事業の原価を算出する場合、積算基準とか予定価格は参考値であり、調達費、労務費、人件費、仮設備費、間接費、利益などは入札者の才覚と努力と意思で決まるもので、予定価格とは異なる価格となります。この価格は入札者によってすべて異なります。

現在は予定価格をオーバーしたら失格となるので、「これ以上予定価格を引き下げたらつぶれてしまう」と言う言葉が出てくるのでしょう。予定価格は入札者にとって参考値であり、現実には入札者の入札価格がこれをオーバーすることもあれば下回ることもあります。

しかし現体制(談合社会)では予定価格マイナスアルファで受注できれば一般には入札者にとってベストでしょう。

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#1144です。

>公共事業の予定価格算出が積算基準に基づかなければならず、世の中の唯一の価格であるという考えは発注者側の考え方です。

唯一というより、「標準価格」もしくは「平均価格」という認識でいます。

>入札者が公共事業の原価を算出する場合、積算基準とか予定価格は参考値であり、調達費、労務費、人件費、仮設備費、間接費、利益などは入札者の才覚と努力と意思で決まるもので、予定価格とは異なる価格となります。この価格は入札者によってすべて異なります。

言うのは簡単ですが、各社で大きな差を生み出すことは、非常に困難なことだと思います。結局、最も犠牲になるところは利益だと思いますが、どうでしょう?

>現在は予定価格をオーバーしたら失格となるので、「これ以上予定価格を引き下げたらつぶれてしまう」と言う言葉が出てくるのでしょう。

これにつきましては、#1138のコメントで
>すると、企業努力で収益を保ちながら90%で落札できる業者が存在できても不思議ではないと思うのだが。

という部分がありまして、極端な例ですが、例えばほとんどの企業がそれを繰り返したとすると、発注者は90%の価格でも十分施工可能と判断して、積算基準等を改定することにより予定価格を現行の90%に引き下げることとなります。すると企業はその予定価格に対して90%で札入れしないと落札できなくなる。そして、それが更に基準を改定する要因となり、それを繰り返す内に、真っ先に、標準的な技術力しか持たない会社は淘汰されていく様に思えます。すなわち、これは大企業の言い分ではないかと思います。

>しかし現体制(談合社会)では予定価格マイナスアルファで受注できれば一般には入札者にとってベストでしょう。

談合社会でなくても、予定価格よりちょっと低い価格で落とせればベストなのは変わらないと思いますが。なぜそれが談合社会だけの話であるのかがよく分かりません。

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ちょっとレスポンスが遅れましたが「07-24付の#1155(#1144記)」につい#1140/#1148よりコメントします。
1.予定価格が発注者が算出した平均価格あるいは標準価格とすると発注者の参考価格に過ぎないのに入札価格の上限とするのは不可思議。
2.入札者が入札価格を積算基準により算出する場合は通常談合が存在することが前提。本来入札者の原価に基づき算出され(るべきで)、諸費目を各入札者で同じ額とするのは企業の原価を知らないとしか言いようがない。
3.入札価格が90%なら次回の予定価格が90%にするというのは頭の中だけの考え方。後日入札対象工事の結果を見て90%にするかどうか決めればよい。
5.舌足らずのコメントでした。予定価格マイナスアルファで受注できれば一般には入札者にとってベストなのは一般的な話です。しかし常にこのような結果になるのは談合社会でしか見られません。以 上

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このような問題に土木学会はどのような態度で臨むのであろうか。
第1に、「談合」は司法当局から違法だとされていることについて、同意するのかどうかである。
法治国家の構成員として、法に触れるか否かの問題について違法と認識しつつその行為を弁護する立場が成立するのであろうか。
新聞報道等を見る限り違法と知りつつやむを得なかったとする被疑者の話がでているようだが、この点は情状酌量になるであろうか。
談合は違法でないとする立場に立って、その論拠を主張するのであればまだしも、違法だけど仕方がなかったというような論点は社会から受け入れられるのであろうか。
私は、違法行為はどのような軽微な事であっても違法は違法として許さないことが本来あるべき姿勢と思っている。
土木学会の内部とはいいながらネット上に公開された議論で、談合について同情的な意見がでる事に問題はないのであろうか。私は土木学会が談合の温床になっているとは考えていないが、そのような意見に対抗するためには法治主義の立場にたっていなければならず、やむをえなかったというような論点は却って社会に背をむけることになると思う。
入札価格が予定価格に近いことは問題ないという意見もあるが、そもそも法的にはその点を違法とされたのではないのではないか。私は法律の専門家ではないが、独禁法の精神からいってそうではなく、他社の入札価格に干渉したことが違法とされたのではないか。
こよのうな点で土木エンジニアが法的な問題に精通しているのかどうかが疑問視されては困る。鬱憤晴らしのような意見も時によりけりであり、きちんとした整理が望まれる。
もう一点は、このような犯罪は個人が私腹を肥やすために行われたものではないので、個人を罰しても改善に向かないのではないかという懸念である。
違法な行為が摘発された場合に公的な立場にある者は断じて許さない姿勢と再発防止を論ずるのが普通だと思うが、財界のトップにある人から「すぐにはなくならないのではないか」というコメントが出されたりする事が問題の根深さを示している。
土木学会は昨今の様々な逆風状況に対して社会への働きかけを進めてきたのではないのか。
談合事件の摘発は今回が始めてではなく、また技術者倫理について土木学会宣言などで力を入れてきたはずである。
むしろこの機会に土木学会として違法行為に対する厳正な姿勢を見せるべきと考えている。
そのことによって健全な業界の発展が期待できると考えるのは子供じみた発想なのであろうか。
また見せかけだけのポーズと見られても困りものである。

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おっしゃるように、本命が決まっていて、そこで入札をするのは明らかに違法で賛成する人はいないでしょう。
その意味で、談合に賛成する人はいないでしょう。
問題は、違法性を追及するだけで、国民にとって必要な建設界が実現しないことです。
当面、悪徳業者のダンピングも懸念されます。
また欠陥は10年、20年たって明らかになるかもししれません。
取り組みべきことは、適切な計画、設計、施工、品質管理が経済的に行なわれような入札、契約、監理方法を見つけることです。
そこまで言えないと、違法性を追求するだけでは抜本的な解決にならない、つまり国民にとって好ましい土木の世界にならないであろうことです。
ついでに、現在の法律が万全ではないこともあり得るので、場合によっては法律の改善を考えることも必要です。

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 サンデープロジジェクトは、拝見できませんでしたが、佐中さんの御意見には全面的に賛同します。
 昨今のこの種の議論では、「公共事業費の無駄遣い」だの「非効率な事業執行」だの、社会資本整備の「フロー」の面ばかりが注目され、国の基盤を形成する社会資本「ストック」の面の評価が充分なされないところに、そもそもの問題があるのではないかといつも思っています。社会資本整備の重要性が充分認識された上での議論であれば、「談合」だの「贈収賄」だのという議論の場合でも、ある程度「まとも」な議論になると思いますが、社会資本整備はもうそれ程必要ないのではないか、という誤った認識の下で議論されますから、益々ドロドロのとんでもない議論になってしまうのではないでしょうか。
 そういう世の中の誤った認識の中で、土木技術者自身も、反省ばかりして、「本当に何か悪い事をしているのではないか」と思い込んでしまっているのではないかと心配しています。土木技術者は、この国の基盤整備に主導的な役割を果し続けて来ました。もっと自信を持って、元気を出して、社会資本整備の重要性を主張し続けるべきだと思います。

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・世界中で談合・カルテルは行われています、ルールを決めたからと言っても、外部から見れば談合・カルテル・脅しとしか思えないようなこともよくあります。
・日本での土木も建築も繊維産業の機械と同じで衰退して行くのは仕方がないが余りにも戦後
多くの人材と時間を建設業につぎ込んできた。
高度成長期にITを主戦略としようとしたがアメリカが潰した・・国家として政治の主導が
やはり弱いのか。

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佐中忠氏のオリジナルの意見についてコメントします。

1.公共事業の談合は絶対悪である、談合が必要悪であるという議論を公にすべきではないと思われます。レベルの低い意見です。

2.脇さんは独禁法や会計法はなどの法律を守らなくてよいという、参議院議員という社会のトップリーダーとしては信じられないことを発言されています。また入札契約という商行為の原則も理解されていないと思われます。
高級官僚という経歴をもち国会議員ならば、談合を防止し価格のもっとも安い入札参加者が発注者を満足させることができる入札契約制度とする法律を作る努力をすべきでしょう。

3.最近成立した公共事業の品質確保に関する法律がさらなる談合の温床とならない保証はないと思われます。かんぐって言えば従来の法律のようにザル法になることが危惧されます。
「品質の良い公共事業を安く」という目的は、たとえ談合を禁止した独禁法や会計法が公共事業に適用されても、入札制度、契約制度、施工管理制度等を工夫・改革するとともに、たとえば入札期間中干渉されない電子入札を導入すれば達成できるはずです。
これに反対するということは、今まで入札期間中談合等の不明朗な介入をしてきた関係者に機会とメリットがなくなるためと思われます。  以 上

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このコーナーの意見全般に対して、敢えて辛口の直言をする。
個人攻撃ではないのだから冷静に再考願いたい。
「元気を出せ」と言われても、激励で元気になるなら心配は要らない。
「元々理解しようとしない人たちを説得する意味はないから、仲間同士は励ましあって元気にやろう」と言っているのなら大きな誤りである。
元気がでない原因は仕事量が激減していることであり、談合事件が追い討ちをかけている。
土木の信頼度を増す方向の議論になっているかどうかが問題なのであろう。
落札率95%は不当なものではないことをいくら説明しても、一方で違法行為をやっていては理解されるはずがない。むしろ不信感を増幅させる作用に働く。この点に気づいてほしい。
違法なことがなければ95%でも99%でも堂々と主張できるはずのものである。
「我々仲間だけが分かっていればよい」という姿勢を繰り返すようでは、外部から見れば滑稽でありレベルが低いと見られてしまう。
理解しないどころか敵対しようとしている人たちの主張に耳を傾ける必要はないが、中立的な人たちにまで見放されてしまうことになっていないか。社会に対する発信はどうなっているのかと問いたい。
談合はどんな世界にもあるから建前論は意味がないとする意見は問題を投げ出しているし、土木学会内部(身内同志)の意見交換だから本音が出ることが望ましいとするなら甘すぎる。
ネット上での意見交換だから第3者も見ている。土木学会のサイト内での意見になることをプライベートな場と取り違えてはいないか。
違法性を追求するだけでは抜本的な解決にならないという意見も如何なものでしょうか。
現行のシステムにおいてもダンピングに対してはその価格でも契約の履行が可能かどうかを調査して確認することになっているし、品質管理の面でも仕様書や品質基準を定めて一定以上のレベルを保つことを契約条件にして入札している。新たなシステムを研究することを否定はしないが、問題をそらせるかのような疑いにつながっても困る。
どのようなルールを作っても違法行為を正当化することにはならない。
法規遵守は最低限の条件であり、技術的なレベルアップはその上に載っているものである。
私は違法性をトコトン追及せよとは言っていない。
違法だけどこれが現実だとでもいうような論調が臆面もなく披瀝されていることに危機感を持つ。
暗い話題が多い中で気持ちを切り替えようという論点や技術向上を進める論点を談合問題と関連付けて考える必要性があるのであろうか。
きっぱりと否定すべきものをぐずぐずと引張るようなことでは自浄力を疑われる。
逮捕者がでた橋梁メーカーのHPに謝罪公告が出ているが、その中に違法行為を言い訳するような論点は全くないこととこのコーナーでの論調に大きな乖離がある。
少なくも「土木学会」という同じ土木分野の中でも支柱になっていなければならないグループの中での議論なのだから認識を改めてもらいたい。
私はこのコーナー全体の意見を削除すべきではないかとさえ思うのだが。

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森靖之です、
 この意見交換広場での議論は、皆さん真面目なものだと思いますし、必ずしも身内で慰めあっているようなものでもないと思います。
 本命が決まっていて、形式的に入札を行なうような談合を擁護できる人はいないでしょう。

 皆さんの最大の問題意識は、現在の入札契約、施工監理の体系のなかで、本当に技術的、経済的な競争性、透明性が確保できるのか?ということではないでしょうか。
 別の言い方では、現在多くの公共事業に於いて、施工業者の良心、技術力に依存しつつ保たれている安全や品質、労働環境などが、各地で見られる7割といった低価格な入札を続けていて、長い目で見て成り立つのかという問題です。
 もちろん、企業努力によってたまたま7割の価格で施工可能な場合もあるかもしれませんので、個別に検討すべきで一概にダンピングとは言うべきではないでしょうが、一般論として、現在の入札契約方法では7〜8割が長期にわたる適正な価格ということはありえないでしょう。(もちろん計画段階からの見直し等は別問題です)

 子々孫々まで使われる社会資本づくりを担う土木技術者として、長い期間に渡る評価でも経済的で、品質の良い社会基盤整備を、透明性を確保しつつ実現するために、大いに意見交換し、知恵を出し合いませんか。

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ご指摘をいただきましたので補足します。
私は議論や意見交換そのものを否定してはいないし、苦しい現状を無視するものでもない。
自由な意見の中には基本から外れたものも見られることと、違法行為もやむなしとするかのような姿勢を含めて議論が行われるなら論外であることを指摘したものである。
「身内で慰めあっている」という論旨は含んでいないはずだが、念のため補足すると「身内にしか理解できない論理になっていないでしょうか」ですので誤解なきよう。
「談合を擁護できる人はいない」というご意見は実際に記述された文言で判断すべきです。擁護でなく容認でも同じ範疇であり、違法行為に対する姿勢の問題である。
入札契約、施工管理の体系に問題があるなら具体的に論ずべきのものである。苦しさを背景にして制度に責任を押し付けているようにも見える点が議論の質を下げている。
現在の契約制度は競争原理にもとづいていることが基本にありますが、それを覆すような議論がありうるのでしょうか。
仮に法律に問題があるなら「何法の第何条は斯く斯くの問題があり、斯くの如く改正すべし」といった具体的な意見が出てくるべきものでしょう。法でなく技術基準でも同じだが。
また苦しさの背景には供給過剰という需給のアンバランスがあり、今後さらに需要が低下する方向にあることは不可避と思われます。この供給過剰状態が価格の低下に連なるのは自由経済の自然な流れです。
土木学会としてまともに取組むべき問題とするなら、土木学会らしい対応をすべきです。例えば委員会を構成して本質にかえってきちんと整理した上での議論をするというような。
現在のような形態での自由すぎるともみえる議論が公開の場で広げられることが望ましいとは考えられない。(そのような安易な状況とは思えない)
このコーナー全体を削除すべきと述べたのは、一部だけを削除することは難しいであろうから。
#1142、#1153の投稿者

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アメリカ土木学会(ASCE)のレポートによると、全世界で建設事業は年間400兆円程度である。世界銀行(WB)は、その10%が汚職(bribery and corruption)によって失われている見積もっている。

質問1:「談合」はその汚職に該当するか?
また、上記の活発な議論を眺めていると下記のようなことを疑問に思います。

質問2:品質と入札価格が関係あると考える理由は?
どのような価格で入札しようとも、コントラクターには「所定の品質」で工事を完成させる責任があると理解していますが、所定の品質が明示されておらす、品質が確認できないと言うことなのでしょうか。

質問3:安値入札でコントラクターが倒産することは市場原理では当然と考えます。
公共事業は国民のための事業であり、コントラクターのための事業ではありません。もし、仮に積算価格が不適正で、応札業者がいないとしたら、それは再入札すればすむことではないのでしょうか。

質問4:工事の精算方式の問題
海外の工事は「出来高精算方式」を採用していることが多いと思いますが、日本では会計法上?採用ができないと聞いています。個人的にはこの点が諸悪の根源と思います。「出来高精算方式」を採用することで、工事品質の透明度が向上し、官側も国民への説明責任が果たせるはずであると思いますが。

JSCEが「Global Principles for Professional Conduct」に合意する日が早く来ますように。